あと14日・・・

今日も入れて、あと14日でボーイズリーグ生活が終わる・・・
巧大にとって、この約2年半の中学硬式野球生活は、辛い事の方が圧倒的に多く、野球の現実を突きつけられた期間だった・・・

思い切って飛び込んでみたものの、いざ飛び込むと太平洋のど真ん中でした・・・
チャンチャン・・・

というパターン・・・(笑)

正直言って、入団して最初の半年間というものは、とにかく背伸びして硬式野球を巧大が選択したことを、とにかく後悔ばかりをしていた・・・
他の選手と巧大を比べると、場違いな場所に来てしまったとしか思えない程の力の差があり、どうしようも無い状態で・・・

親である私が、そんな泣き言を言ってしまうと、全てが終わってしまうような気がして、とにかく本人の尻を叩くことしかできなかった・・・
そうなると、巧大との親子関係も崩れてきて、それにちょうど反抗期も重なり、2年半の中で唯一、一度だけ野球自体を辞めると、泣きながら本人が言ってきた。

その時俺も辞める覚悟はできていて、退部届まで用意している状況だったけど、正直言って硬式野球は辞めても、学校部活で軟式野球はするだろうと思っていたところに、野球自体が嫌になったと言って聞かなかったので、答えを急がずもう少し考えるように言ったことを思い出す・・・

しかし、この時はまるでドラマのような出来事が連発した・・・
そんな話を、俺も巧大も一言も周りに言っていないのにもかかわらず、なぜかそんな時に助け舟が次々に来て・・・

きわめつけは、亡くなった俺の先輩ケンゾーさんの子供が、野球を始めたいと言ったことがきっかけで、巧大が野球を教えてあげる機会があって、その子に教えていくうちにいつの間にか、自分が野球を始めた時の楽しさを思い出し、野球を辞めることを踏み止まった・・・

今こうして振り返ると、まさにその時が分岐点・・・

前にも記事にしたけど、俺を実の弟のように可愛がってくれた、先輩であるケンゾーさんが、俺たち親子をギリギリのところで、救ってくれたのと同時に、親子の在り方を教えてくれたように感じる・・・

実はケンゾーさんも早くに親父さんを亡くしている・・・
生前、ケンゾーさんは親父さんとのやりとりを、ものすごく悔いていた・・・
酒飲むと「親父と一緒に酒飲みたかった・・・」と言っていた・・・

そんなケンゾーさんが・・・
「お前たち息子の関係修復をしろ!!」
と言っているようで・・・

そこから、いつもお世話になっているある方に、恥ずかしながら親子の在り方から学んだ・・・
とにかく、話を聞きまくった・・・
親子のスタンスから何から・・・
野球よりも、人として学ぶことが大半だった・・・

そうすると、巧大について今まで見えなかったものが、沢山見えるようになった・・・
さらに巧大の野球についても、自然と見えるようになってきた・・・

そこから始めて、俺自身が野球をやっている巧大を見るのが楽しくなった・・・
程なくして、巧大も「今までの中で、今が一番野球が楽しい!!」と言い出した・・・

その時に気付いたのが、野球をやっているのは本人であり、俺はただの親に過ぎないということ・・・
当たり前のようで、その当たり前に気づいていなかった・・・

そこから、とにかく俺は巧大が野球に集中できるように、環境を整えることに徹した・・・

目先の結果よりも、先々の結果を重視し、メンタル・スキル・フィジカル面で、今しかできないことは何か、そして今やっておかなくてはいけないことは何かを、巧大本人が気付いて、理解できるような環境づくりに徹した・・・
何度も、前の自分に戻りそうになったけど、根気強く巧大自身が気づくように、環境づくりだけに徹した・・・

そうすると、どんどん巧大自身が野球に対しての向かい方が変化していった・・・
この2年半の大きな挫折と失望感が、巧大の人としての成長を後押ししてくれた。

あくまでも、メンタル・スキル・フィジカルともに、今は基礎段階で・・・
これから、その基礎に上乗せが始まる・・・

本当の意味での野球は、これから始まる・・・
そんな、大事な部分を学ばせてくれた中学硬式野球に、感謝しなければいけない・・・

”あの時野球を辞めなくてよかった・・・”
ではなく・・・

巧大にとってこの2年半の挫折は、大好きな野球をもっともっと大好きになり、今後野球を辞めないための、通過点であったと俺は思っている・・・

そして俺にとっては、本当の意味での・・・
”父親”にしてくれた・・・

そんな意味で、2人を大きく育ててくれた2年半だった・・・

しかし・・・
辛かった・・・(笑)