野球の試合の中には、人生の全ての要素が詰まっている

昨日の4月5日、九州選抜大会熊本予選2回戦が、和水グラウンド行われました!

初回に1点を先制し、序盤は泗水Bペースで試合は進みましたが、中盤に入ると熊本中央Bの強力打線に火がつき長短打で、6対1とされ、このまま終わるかと思いましたが、泗水ボーイズも意地を見せ一挙4点を返し、1点差まで詰め寄りましたが、終盤追加点をゆるし、終わってみれば9対5にて敗戦となりました・・・

さて、内容はいきなり変わりますが・・・
『野球の試合の中には、人生の全ての要素が詰まっている』という名言があります。
この名言は、かつてPL学園を率いていた中村監督の言葉です・・・

試合の中で、ド派手に逆転満塁本塁打などで、試合を決める事もあると思いますが、一点を争う緊迫した試合展開での、犠打が試合を決めることもあります。

あくまでも、私の浅はかな野球観の中での話ですが、直接得点には結びつかなくても、犠打が成功したか失敗したかによって、試合の流れが大きく変わります・・・

”2アウト、ランナー2塁、カウント3ボール2ストライク絶体絶命の場面で、バッターがセンター前ヒットを放ち、セカンドランナーがホームに帰りサヨナラ!!”
などの劇的勝利の場面がよくアニメやドラマなどのシチュエーションであります。

勿論サヨナラヒットを放った選手はヒーローとなりますが、その裏には必ず目立たない立役者がいることを忘れてはいけません・・・

犠打が成功したからこそ得点圏へ走者が進み、そのサヨナラゲームが成立していたとするならば、その犠打を決めた選手もヒーローなのですが、大きく取りだたされることはほとんどありません・・・

先に書いた、PL学園高校の野球部中村元監督の言葉を借りると、やがてこうたも大人になり、社会に出れば新入社員の時期や若手社員の頃は、失敗を恐れずいろんなことにチャレンジできますが、立場が上になればなるほど、いろんな意味で背負うものが大きくなり、同時に守るべきものも比例して大きくなります。
そして、組織での立場が上になればなるほど、何より『孤独』です・・・

本当の意味でうまくいっている組織になればなるほど、野球でいう送りバントや犠牲フライ、時にはスクイズのような、自分が犠牲になり部下達を活かすことのできるクレバーなボスがいます。

そんな、自分のために生きるのではなく、人のために生きることができる人は、本当の意味での優しさを持ち、信念が強く、自分に対して厳しい人だと思います。

こうたには、自分のためだけに生きるのではなく、自分が犠牲になっても周りを活かすという強い心・・・
そして時には、自分が守るべき正義のためならば、鬼にでも蛇にでもなれる男気のある、魅力的な大人になって欲しいと思います。

勿論野球を通して、学ぶこともできますが、もう中学生ですので、そんな大人社会の事も少しは理解できると思います。
そんな見本となるような大人が身近にいると思いますので、そんな魅力のある大人をまず見て学ぶことから初めて欲しいです。

自分が、守るべきものが出来た時に必ず糧となるので、今から学んでいてください!!
とても重要な勉強です!!