野球に自分を掛けた集団

《ゼット杯火の国大会》
日時:平成27年9月6日(第1試合)
球場:山鹿市民球場
(準々決勝)熊本泗水ボーイズ⚫️ 0✖️1 日田・佐伯ボーイズ(大分)⚪️

結果・・・
ベスト8でした・・・
「これって本当に新人戦なの・・・❓」
と思わせるような、ゲーム内容でした。
しかし、最終回に相手チームに1点を取られ、その裏に必死でランナーを出して食い下がりましたが、残念ながら負けてしまいました・・・

さて・・・
細かなところで、色々ミスなどもあったのかもしれませんが、私の素人目に映った昨日のゲームは、本当にいい試合に映りました‼️
何より私が印象に強く残ったのが、新チームになっての初の公式戦にもかかわらず、”今日は引退試合だったのか”と思わせるような、敗戦直後の選手たちの悔しがり方・・・
今大会でベスト8に進出したという、安堵感のかけらもなく、口先だけではなく明らかに優勝を本気で取りに行っていたのが、周りにも伝わるぐらいの悔しがり方を目にしました・・・
私は、そっと選手たちに気付かれないよう見ていましたが、日頃はあまり見られない様な表情をしていました・・・
選手達も保護者もですが、一人一人の志と覚悟を持って中学硬式野球という、厳しい世界に飛び込んで来ているのだと思います。
小さい頃から野球が大好きで大好きで、朝起こすのが可哀想と思うぐらいの早朝から、夕方見えなくなるまで、怒られて泣きながらボールを追いかけて・・・
まだ、よく意味もよくわからない程の、小さな頃から甲子園という夢の場所を目指し・・・
周りの友達がグラウンドの隅で、PSPやDSやカードゲームをしている横で、泣きながら泥まみれになって辛い練習に耐えて・・・
野球を辞めたいと思いながらも、まだ小さな心で必死に歯を食いしばって、野球を続けてきました・・・

しかし、そんな辛抱して辛いことに耐えてきた者”だけ”に与えられるご褒美・・・
この、ご褒美とは・・・

”大きな夢”
”大きな目標”
に、チャレンジできるという”権利”だと思います。

この権利を持っている選手たちだからこそ、今こうして試合の嬉しさも悔しさも、感じる事ができるのだと思います。
権利がなければ、嬉しさも悔しさも感じる事はできず、自然と野球から気持ちが遠のき、野球に集中できなくなってしまうはずです・・・

しかし、野球の神はこの権利を取得するために、選手に試験を行います。
試験の合否の内容は、細かい部分の野球技術が上手い下手などの難しい話ではなく、いたってシンプルでその対象の選手が本当に野球が好きなのか否か・・・
野球に関するすべての、辛い事や嫌な事から逃げず、嘘などつかず真摯に野球に取り組み、野球に対して、正義を貫けばクリアできる事ばかりですが・・・
小手先で、その場しのぎの偽りの言動を行っても、ボロはいつか必ず出ます・・・
そんな姿を見て、野球の神が否と判断した場合は、野球界の為に権利を与えない事はおろか、容赦なくその選手を淘汰します・・・
現に半年程前の巧大にその試験が訪れ、そういう意味で私は、正直に言って野球の神が巧大に下す審判は、否と思っていました・・・
しかし、本人の小さな頃から抱いていた夢や希望・・・
そして、辛い事ばかりの間に、ほんの少しの本当にほんの少し見え隠れする、楽しかった事や嬉しかった事の光を頼りに、野球に対しての情熱を手繰り寄せ、ギリギリで野球の神が合格をくれたと思っています。
あと、1ヶ月遅かったら間違いなく淘汰され、今回の大会のような貴重な経験はさせてもらえなかったと思います・・・
こればかりは、いくら親でも介入できる部分ではなく、本人が変わるしかない事だと思います。
反対に、シビアに言えば私や嫁さんを含む周りの責任ではなく、最終的には自己責任であり自己決定が必要な事だと思います。
いくら中学生と言えども、周りがどういっても本人の考えが変わらなければ、淘汰されてしまいます・・・

しかし、私は昨日の球場内外での選手達を見て、野球が大好きで野球に対し、真剣に正直に正しい事を貫いて、権利を取得している・・・

”野球に、自分を掛けた集団”

に見えました・・・
私個人にとって、そんな姿が垣間見えた昨日の1日は、そういう意味でナイスゲームだったと思います。