あたりまえのこと・・・

私は、医療福祉関係の仕事に従事しています・・・

その中でも、私の業務は・・・
色々な疾患や障害をお持ちの方が、疾患や障害を持ちながらも、自立した尊厳を持った生活を送れるようにと、わかりやすく言えば”支援を行うためのプラン”を、作成する仕事が主な業務になります。

もう、この業界に20年以上従事していますが、私なりに自己研鑽を行い、プロ意識を持ち日々業務に励んでいます・・・

しかし昨夜、私は巧大との会話の中で、改めて気づかされる事がありました・・・
これは、決して我が子を美化している事でも、我が子の自慢とかその様な抽象的なものではなく、単純に自分の仕事に生かせると思った事と、巧大自身が将来このコメントを読む機会があった時、いつまでも今回の出来事の気持ちを忘れて欲しくないと思い、書き残そうと思いました・・・

その出来事は、練習中の実践的な練習が行われている時に、巧大はセカンドに入っていて、ライトに巧大より1学年歳下の1年生が入っていました・・・

そのライトに入っている選手は、”難聴”という事をもろともせず、自らこの厳しい硬式野球という厳しい世界に飛び込んでいる、信念を持った素晴らしい選手です。

その、選手にアウトカウントや守備位置の指示などを、こまめに大きな声で大きなジェスチャーで伝える巧大の姿がありました。

その姿を見て、本当に人間性の成長が垣間見えて本当に嬉しくて・・・

練習中に、巧大にしてはたまたま良いプレイが一つ二つあったので嬉しかったのですが、私が本当に嬉しかったのは、その後輩に対してのその言動が一番嬉しくて・・・
たまには褒めてご褒美でもと思い、嫁さんに連絡してBBQの準備をしてもらっていました・・・

さっそく自宅に帰り、その思いを巧大に伝えると・・・
「なんで・・・❓」
「あいつ、なんでもできるしバッティングも良いし、野球普通に頑張りよるじゃん・・・」
「補聴器をはめてれば、普通に俺がいう事も聞こえるし・・・」
「でも、グラウンドの反響とか体の向きだったりで、聞こえない時があるけん、その時にそうやって伝えれば良いだけばい‼️」
「あいつ、なんでもできるとばい‼️」
と・・・

反対に、私が褒める事に反発する様に言葉を返してきました・・・

私は、その後瞬間的に巧大の言動を理解するのに時間がかかり、返す言葉が見つからなくて、黙っていると・・・

「あいつは、ただ伝えることだけをすれば、なんでも自分でできるとばい・・・」と、もう一度繰り返しました。

その言葉で、我に返りました・・・

私が、長年医療福祉従事者として仕事をやってきた事での弊害・・・
”馴れ”が生じてしまっている事・・・

疾患や障害によって引き起こる現象を先に見てしまい、その個人を奥に見てしまっている事・・・

巧大にとっては”言葉で物事を伝える”というのは、数ある中のただの一つの手段に過ぎず、ただ違う方法で後輩に伝えているだけの事を褒められ、違和感があったのだと思います。

そうなんですよね・・・
結局、野球のサインはその象徴ですよね・・・

当たり前ですが、これから取るであろう自チームの作戦を、言葉を使って伝えるチームなどありません・・・
強い絆で結ばれた自分のチームにしか伝わらないサインという方法で、試合中はコミュニケーションをとっています。
そのサインでのコミュニケーションは、日頃の訓練と監督やコーチと選手の強い、伝えたいという気持ちと、それに応えたいという気持ちがあり成り立つもの・・・

そして、そのサインというコミュニケーションツールを超越したものが、不測の事態が起きた時の選手たちが状況判断を行い、その状況次第で心で会話をして行動する”阿吽の呼吸”と言われる物ではないかと思います。

そういう行動が、とれるチームという物は指導者と選手の強い思いと信頼関係が強いのでしょうね・・・

そこからいくと、今回の出来事は巧大の後輩へ伝えたいという気持ちと、その後輩のそれに応えたいという気持ちで、コミュニケーションは普通に・・・
ごく普通に・・・
成り立っているのですよね・・・

それに、気付かされた私は・・・
今度そういう場面が出来た時に、どうすればその後輩によりわかりやすく”気持ちが伝わるか”を、巧大と考えました・・・

それを、今度その後輩と打ち合わせてみると言っていましたので、是非色々試してみて、お互いの強い信頼関係が築ける様に頑張って欲しいです。

私は、ただただ・・・
名ばかりの自己満足であった、プロ意識を見直し・・・
純粋な気持ちで、さっそく今日から医療福祉の現場で生かしていきたいと思います・・・

そして、最後に・・・
将来の巧大へ

純粋な目・・・
純粋な心・・・

があったからこそ、今回の様な物事の解釈ができたのだと私は思います・・・

巧大が大人になり、このブログのこの出来事を、将来の巧大が今見ているとするなら、これを伝えたい・・・

社会というところは色々あって当たり前・・・
人間色々あれば、人間知恵が働き出します・・・

いい知恵もあれば悪い知恵もありますが、悪い知恵も知っておかないと、良い知恵の使い所や、良い知恵の生かし方もわかりません・・・

だから、悪い知恵を捨てるのではなく、生かし方を考えれる人になっていてください。
それが出来る人が、一番の知恵者と言われる人たちです。

しかし人間弱い物で、浮かれたり困った事が起きると、つい悪い方の知恵でやり過ごそうとします。
もし、この様な純粋な気持ちで日常生活を送れていないのであれば、自分の中学時代にこういう事もあったと思い出して、もう一度素直な気持ちに立ち返り、自分の子供や孫の次の世代に、こういう大切なものを伝えてあげてください・・・