大人への階段を一歩づつ・・・

清原選手の覚せい剤所持と使用の疑いについて、マスコミ関係が連日報道しています。
その報道の中で、清原選手の外に見せる顔と、本来の自分のギャップが大きいことが、清原選手を伝えるいろんな情報から言っても、共通点がそこにあるように私には思えます。

人間というものは、自分を良く見せようだとか、自分を強く見せようだとか、自分を大きく見せようとするものです。
特にあそこまで登りつめれば、もっと大きく!!
そして、もっともっと大きく見せようと欲をかき、気づいた時には、以前のそうではなかった時の自分と、全く違う自分が出来上がってしまっている・・・

私が、清原選手の人生を語るのは、おこがましいですが、自分が全く別の人間になってしまっていることに気づいた時に、酒や薬物などで孤独感を紛らわすのではなく、何より小さいころから大好きな、野球で孤独感を紛らわす方法を、選ぶべきだったのではないかと思います。

さて・・・
巧大にとっても、まだまだ短い野球人生なのですが、うまくいくことの方が圧倒的に少なく、辛いことばかりだったと思います。

巧大も学童時代に色々あり・・・
大切な仲間を、沢山なくしました・・・
離れていく仲間と離したくない仲間が、自分の思い通りにならず、随分一人で泣いていました・・・
そこから、仲間の和を乱すものに対しての敵対心がものすごく強くなり、トラウマとなっているのが随所に見られるようになりました。
その時に、新しく監督に就任してくれたY監督が、とても心配してくれていました・・・

そして中学硬式に入団し、自分の目指していた事と、現実とのギャップに気付き、思い通りにいかなかったと思います・・・
自分よりも、体もでかく技術も格上の選手達を見て、羨ましさと悔しさを心の中に持って、野球をずっと続けてきたと思います。

時に、そんな自分が苦しくなって、野球から逃げようとしたり、一時の癒しを求めて練習にも身が入らなかった時期もありました。

しかし・・・
色々な方々の助けにより・・・
野球による苦しみのはずなのに、結局は野球によって救われて、今に至っている現実・・・

今に至ったからこそ・・・
昨日記事にもした、自分を知った上でのプレイスタイルが見えてきた・・・

今に至ったからこそ・・・
根拠を考える癖がついて、今何をすべきかを考えるようになれた・・・

今に至ったからこそ・・・
常に自分に疑問を持ち、妥協や言い訳をしないようになった・・・

そして、何より・・・
今に至ったからこそ・・・
「時間がもったいなかった」と、3ヶ月ほど前から口癖のように言っている巧大がいる・・・

ある方がよくおっしゃいます・・・
「気づいた時が、タイミングだったと思え」と・・・

だからこそ、今後は自分の夢に向かって目標を定めて、真っ直ぐに前に進んでいかなくてはいけない・・・

これから先は、もっと大きな挫折が必ず来るし、今までよりも大きな挫折が来なければ、逆に成長をしていない証拠です。

そんな時は、素直に等身大の自分で勝負をしてください・・・
そこで、見栄を張りハッタリや言い訳をすると、清原選手のような自分ではない自分が出来上がってしまう・・・

結果的にそこで苦しむのは自分だし、周りの仲間は離れて孤独になってしまう・・・
しかし、素直な心で、等身大の自分で勝負をすれば、必ず周りにいる仲間が助けてくれる。

嬉しいやら・・・
寂しいやら・・・
そこの分野を助けるのは、もう私達親の領域では無くなってきているのがわかる・・・

決して、今までの経験は遠回りではない・・・
厳しい現実や自分の弱さを、小中学生のうちに理解し経験できたことは、高校に行って大きな財産となる。

この経験を生かして・・・
まっすぐ・・・
とにかく、まっすぐ・・・

そうしないと、今までの経験が遠回りしたことになってしまうから・・・
経験を遠回りにするも近道にするも、今という現実の、自分の生きかた次第・・・

今の巧大を見ると、失敗しても成功しても見てて楽しいし、結果よりその過程や質的な部分を見るのがとても楽しい・・・
そこから逃げずに、どうにかしようと取り組んでいる、巧大の姿を見るのがもっと楽しい・・・


しかし・・・
親の立場として・・・
自分の子供が失敗して、その負の結果を改善する過程を楽しむなど・・・

この境地に達するまで・・・

随分・・・
時間がかかったし・・・

随分・・・
辛かったな・・・